by 銀次氏
夕闇が、晴れ渡る冬の澄んだ空を青からダークブルーへと塗り替えていく。陽はすでに街並みの向こう側に隠れて見えないが、そのなごりの光が雲をオレンジ色に染めている。キャンパスに筆をささっと滑らせたような絹の雲だ。既に1等級以上の星はいくつか姿を見せ始めている。
買い物袋をかかえて足早な主婦、家路につくサラリーマン、受験の話を熱く語る二人組の女子高生。夕刻の駅前に立っていると、それぞれの人がそれぞれの生活を抱えて歩み去っていく。
年があと数日で終わってしまう年末のある日、僕は船橋駅に降り立った。行く先はここから数分のところにあるエンジェルハート。大好きなオキニの勤め先だ。そして今日が彼女とのお別れとなる日だ。
自宅から船橋までは結構な遠征になるのに、今日までよく通ってきたものだと思う。そこまでしても会いたいくらいの子だから。通い慣れた商店街を抜けて行く。相変わらず雑然とした街並みだが、オキニと過ごした記憶が染み込んでいる土地、僕には妙に落ち着く場所である。自分が軽い興奮状態にあるのが分かる。胸中の打楽器が軽やかなスティックさばきで奏でられているのを感じる。最後の君は何を語ってくれるのだろう。
店の前に着く。階段を2階まで登る。馴染みの店員のにこやかな挨拶。幸いにも待ち時間なく案内されるとのことだった。
待つこと数分。僕の席の傍らにはいつもと変わらない素敵な君が立っている。大きな瞳が笑っている。とても女の子らしいバランスのとれた体は僕の好みの理想に近い。セミロングの髪がたまらなくかわいい。
今日までいろいろな話をした。今日はなんだか言葉がなめらかに出てこない。それでも時間は過ぎていく。20分近く話をした。そして最後のサービス。君はあまり上手な方ではないのだけれど、ゆっくりと丁寧にしてくれる。そういうところが好きだ。いつも友達同士のような話をしているから、こういう方がなんだか本当の彼女にしてもらっているような感じがする。髪から甘い香りがする。頭皮の微かな体臭も交じっている。いとおしい。胸がすこし痛い。
頭の中が白くなっていく。冷たい電気がその白くなった箇所から首、背中、腰を伝ってすばやく降りていく。それが火薬に点火をさせて数秒間の爆発が終わった。まだ君はうずくまったままの姿勢だ。たまらない満足感を感じる。
戻ってきた君と短い別れの挨拶をした。もう会うことができなくなるんだねと僕は言ったと思う。君は複雑な表情で笑みを浮かべていた。
店の出口を出て、階段を4段下りたところで振り返った。いつもとは微妙に違う表情で、それでも笑顔で手を振る君がいた。
今でも記憶に焼きついていて離れない。
(H16.11.25)