by クフィル氏
ヒトに寄生するシラミは3種類(ケジラミ、アタマシラミ、コロモジラミ)。STDをおこすのはケジラミ。体長1mm前後、孵化して1ヶ月弱で成虫となり、4週間弱の寿命の中で40個ほどの卵を産む。痒みを覚えるのは1〜2ヶ月後が多く、気づいたときには股間に卵が。。。
はじめに
ケジラミ症(ケジラミとも称する)は、吸血性昆虫であるケジラミ(Phthirus
pubis)が寄生することのより発症し、主として性行為によって感染する。従来、ケジラミが病名に用いられてきたが、病原体のケジラミと区別する必要から、ケジラミ症と言われるようになった。ケジラミの主な寄生部位は、陰毛である。
人に寄生するシラミには、ケジラミと同じシラミ目(Anoplura)に属する他の二種、アタマシラミ(Pediculus
humanus capitis)とコロモジラミ(P.h.corporis)の三種があげられるが、このなかで性感染症(STDs)を起こすのは、ケジラミのみである。
わが国では、第二次世界大戦以後、ケジラミは他のシラミ類とともに激減したが、1970年代中頃より、他のSTDと同様、国内で増加傾向を見せた。この原因としては、国内に従来から密かに生存し続けたケジラミに加え、1970年代、外国との交流が盛んになるにつれ、成人男子について国内に入ってきたものが増えたものと推定されている。さらに当時、国内にはシラミに有効な治療薬がなかったことが、同時期より有効しはじめたアタマジラミとともに、国内で増える原因となった。その後、一旦やや減少したが、1990年代中頃になり、再び増加の傾向をみせている。
ケジラミの生態と形態
シラミ類は、幼虫から成虫まで、雌雄ともに宿主より吸血し、血液を栄養源としている。宿主選択性が強く、ケジラミも、他のアタマジラミ、コロモジラミと同じく、ヒトにのみ寄生し、ヒトからのみ吸血する。吸血は一日数回行われ、吸血した血液を栄養分として成長し、脱皮を繰り返し、成虫となり、交尾後、雌は産卵する。卵は、毛の基部近くに生み付けられ、セメント様物質で毛に固定される。産卵後の卵は7日前後で1齢幼虫が孵化し、5〜6日で脱皮し2齢、4〜6日に3齢を経て、4〜5日で成虫となり、1〜2日後に卵を産み始める。生活環は3〜4週間である。さらに成虫は3〜4週間生存し、その間30〜40個の卵を産む。
ケジラミ虫体は、やや褐色を帯びた白色で、アタマジラミが楕円形であるのに比べ、円形に近く、触覚を持つ小さな頭部と3対の脚を持つ。第一脚は先端に細い爪を持つが、第二、第三の脚の先にはカニのような大きな爪を持つ。このため。別名カニジラミ(crab
lice)ともいわれる。体長は、雌成虫で1.0〜1.2mm、雄成虫で0.8〜1.0mmである。
卵は、灰色を帯びた白色で、光沢を持ち、卵円形で、毛に斜めに付き、毛の基部に近い方がセメント様物質で固定されている。
症状
症状は、寄生部位の瘙痒のみで、皮疹を欠くのを特徴とする。主たる寄生部位の陰股部に瘙痒を訴えるが、肛門周囲、腋毛、胸毛、大腿部の短毛に寄生する場合は、これらの部位にも瘙痒を生ずる。また、鬚毛、眉毛や睫毛にも寄生する。睫毛に寄生すると、眼脂のように見えることもある。従来、ケジラミは頭髪には寄生しないと言われてきたが、これは誤りで、幼小児や女性では、頭髪にもケジラミが寄生する。このような場合には、頭部にも瘙痒を訴える。
瘙痒を自覚するのは、感染後1ヶ月〜2ヶ月が多い。
瘙痒の程度は個人差があり、数匹の寄生で激しい瘙痒を訴える一方、多数の寄生でも、瘙痒のないこともある。副腎皮質ホルモン外用剤の使用例、悪性リンパ腫などで、瘙痒を欠いた症例もあり、瘙痒の発症機序には、シラミの唾液に対する一種のアレルギー反応の関与が想定されている。
ときに瘙痒のため搔破し、搔破性湿疹を併発したり、二次感染を起こすことがある。
欧米の教科書では、寄生が長期に及んだ場合、0.1〜1cm不整形の青灰色斑(maculae
caeruleae)を認める、とあるが、わが国では稀である。
感染経路
ケジラミの主な感染経路は、陰毛の直接接触による感染が殆どである。一方、家族内では、親子間の感染も多く、特に接触の密な母子間の感染が多い。
毛布などの寝具や、タオル等を介する間接的感染経路もある。しかし、ケジラミは宿主から離脱後、良い条件下でも生存期間は48時間以内であり、しかも1日に10cm程度しか歩行できない。したがって、感染経路は性行為を介するものが主である。
診断
成人男女で陰部の瘙痒を主訴とする場合は、ケジラミ症が疑われる。拡大鏡で見ながら、陰毛基部に付着する褐色を帯びた白色物を、先の細い摂子でつまむと、足を動かすのが観察される。スライドグラスにのせ、検鏡し、虫体を確認する。あるいは、陰毛に産みつけられた卵を検鏡しても確定診断はつく。
また、肌着にケジラミの排泄する血糞による黒色点状の染みが付くのも、参考となる。
ケジラミが頭皮に寄生した場合は、アタマジラミとの鑑別が必要となるが、虫体の形や爪の形で、鑑別は容易である。
卵のみが頭皮から検出された場合には、次のような点で鑑別される。
すなわち、ケジラミの卵は、アタマジラミの卵に比べ、卵蓋が大きく、丸い。卵蓋にある気孔突起が大きく、数も16個で多い。一方、アタマジラミでは8個である。毛への付き方が、ケジラミでは下端のみを包み込むようにセメント様物質が付くが、後者では、下方3分の1を包む、などから鑑別は可能である。
治療
一番安価で、確実な方法は、ケジラミの寄生している部位の剃毛である。しかし、寄生が限られていれば剃毛も可能であるが、体の短毛、腋毛、あるいは頭髪に寄生する場合には、すべての毛髪の剃毛は困難である。
剃毛が困難な場合には、薬剤を使うことになる。現在、シラミの治療薬として国内で認可されているのは、0.4%フェノトリンパウダー(スミスリンパウダー)と0.4%フェノトリンシャンプー(スミスリンシャンプー)の2剤のみである。両者ともに、一般市販薬であり、医家用には使えない。
治療法としては、フェノトリンパウダーの適量を寄生部位に散布し、1〜2時間後に洗い落とす。フェニトリンシャンプーの場合には、3〜5mlを陰毛に用い、5分後に洗い落とす。これらの薬剤は、卵には効果が弱い。前述のように、卵の孵化時期は1週間である。この期間を見込んで、3〜4日ごとに、3〜4回、これを繰り返す。
治療上の注意としては、相互感染を繰り返すことがあるので、セックスパートナーの治療も怠ってはいけない。また、親子感染もあるので、家族単位で一斉に治療する。
陰毛以外の体の短毛や、腋毛、頭髪、睫毛、眉毛、鬚毛などにも寄生する場合、これら寄生部位の治療を怠ると、完治しない。
人から離れた虫体は、ある時期、生存している可能性があるので、アイロンをかけるなどで衣服を熱処理するか、あるいはドライクリーニングを行う。
治療判定
シラミの卵は、セメント様物質で毛に固定されており、抜け殻になっても、長い間、陰毛に残る。これを見て未治癒とされ、治癒判定を誤ることがある。治癒判定には、寄生虫体がいないことを確認のうえ、毛の基部近くに産み付けられた卵を採取し、検鏡する。抜け殻は一目瞭然であるが、孵化前の卵だと、判断に苦慮することがある。生卵では内容が充実しているが、死卵では中空であることが目安となる。
パートナーの追跡
発症の多くは、感染1〜2ヶ月後が多い。したがって、1〜2ヶ月前に性交渉のあった相手のケジラミ寄生の有無を調べる。性行為以外の感染もあり、家族内感染を起こすので、家族全員を調べる。
その他
ケジラミの場合には、他の性感染症との合併例も多いので、梅毒検査やHIV抗体などの検査を受けことが望まれる。
ケジラミのみならず、アタマジラミ、コロモラミともに、治療上で困ることは、国内でシラミに使える薬剤がピレステロイド系のPhenothrin1種2剤のみであり、しかも、市販薬であることである。諸外国では、有機塩素系のγ-BH(Lindane)、ピレステロイド系のPyrethrins、Allethrin、Resmethrin、Permethrinなど、多種のシラミ治療薬が用いられている。わが国でも、医療用として使えるシラミ治療薬の開発が急務といえる。
調査部長 クフィル (H17.04.07)