by クフィル氏
性器ヘルペスは、男性では、性器クラミジア、淋菌感染症についで三番目に患者が多く、女性では、性器クラミジアに次いで二番目に患者の多い、性感染症として重要な疾患である。
1980年代にアメリカで急激に増加し社会問題化したが、その後のAIDSの登場により、忘れ去られてしまった。日本では1987年より厚生省による定点観測が開始され患者報告件数は横ばいであるが、その数は無視できない。
性器ヘルペスの患者を年代別に見ると、他の性感染症にいえるような性活動が活発な若年層に感染者が偏るのではなく、20代〜40代までほぼ同数が報告されている。
はじめに
本疾患は、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)1型(HSV-1)または2型(HSV-2)の感染によって、性器に浅い潰瘍性または水泡性病変を形成する疾患である。HSVは、性器に感染すると、神経を伝って上行し、腰仙髄神経節に潜伏感染する。潜伏感染したHSVは、何らかの刺激によって再活性化され、神経を伝って下行し、再び皮膚や粘膜に現れ、病変を形成する。
発症にはHSVに初めて感染したとき、既に潜伏感染していたHSVの再活性化によるときの2種類あるが、一般的に前者は病巣が広範囲で症状が強く、発熱などの全身症状を伴うことが多いが、後者は症状が軽い。初めて症状が現れた場合を「初発」といい、初めて感染した場合には「初感染」と呼ぶが、感染したときは無症状であっても、全身的あるいは局所的な免疫能が抑制されたために潜伏していたHSVが再活性化された症状が初めて出現する場合があり、これを「非初感染初発」と呼ぶ。更に、初発ののち症状の出現が繰り返されることが多く、「再発」あるいは「回帰発症」と呼ぶ。ときにHSVは、性器に病変を形成することなく、男性では尿道に、女性では子宮頚管に排泄されることがある。感染源となった性行為のパートナーに症状がないこともしばしばみられる。しかし、病変が非常に小さいため、患者も医者も気付いていないこともある。このような潜伏感染と再活性化という独特なHSVの自然史が、性器ヘルペスウイルス感染の蔓延に大きく関与している。
現在までに開発された抗ヘルペスウイルス薬は、増殖しているHSVの増殖抑制には有効であるが、潜伏感染しているHSV
DNAの排除には無効である。
症状
a)初発
1)初感染初発
外陰部または口や口唇周辺から、症候性または無症候性にHSVが放出されるセックスパートナーとの性的接触により、2〜10日間の潜伏期間後に病変が出現する。
初感染時には、性器に痒みや違和感を伴った直径1〜2mmの複数の水泡が出現し、第3〜5病日から水泡が破れて融合し、円形の有痛性の浅い潰瘍となり、1週間前後に最も重症化する。その間、鼠径リンパ節腫脹や尿道分泌物も見られる。病変は、亀頭、陰茎体部に多い。ホモセクシャルの肛門性交では、肛門周囲や直腸粘膜にも病変が出現する。
2)非初感染初発
初発感染の場合よりも症状は軽いことが多く、治癒までの期間も短い。
b)再発
本疾患は再発することが多い。再発時には、初感染時とほぼ同じ部位に、または殿部や大腿部に、水泡性あるいは浅い潰瘍性病変を形成するが、症状は軽く、治癒までの期間も1週間以内と短い。
しかし、免疫不全患者では、難治性となる。
病変の出現と同時に、全身倦怠感、肢体の違和感などが1週間程度続くこともある。
診断
外陰部に浅い潰瘍性や水泡性病変を認めた場合は、性器ヘルペスを疑う。病変の数は、初発では数個から多数あり、広い範囲に及ぶこともあるが、再発では一般に少なく、限局性で、大きさも小さく、ときにピンホール程度のこともある。外陰部に潰瘍性病変を形成する疾患は多くあるので、病原診断を行う。
HSVの分離培養法が最も良いが、時間と費用がかかる。塗抹標本を用いて蛍光抗体法によるHSV抗原の証明などによって診断するのが実際的である。ただし、感度が悪いのが欠点である。PCR法は鋭敏であるが、臨床的評価が定まっていない。血清抗体による診断は、初感染では、急性期では陰性で回復期になって初めて陽転するので、回復期にならないと診断できないし、再発や非初感染初発では、抗体価が発症時から検出され、回復期における上昇がないことも多いので、診断には役立たない。ただし、初感染ではIgM分画の抗体は7〜10病日には出現するので、病変が治りかけで病原診断が難しいときは、診断に役立つことがある。
HSVの型を調べておくことは、再発の予後を推定する上で有用である。わが国では初感染例でHSV-1が検出されることが多いが、再発の殆どはHSV-2が検出される。HSV-2に感染した例は、HSV-1に感染した例に比べて再発の頻度が高い。
治療
HSVの増殖を抑制する抗ヘルペスウイルス薬を使用すると、治癒までの期間が明らかに短縮する。
a)初発
初発例には、アシクロビル錠200mgを1回1錠1日5回、または、バラシクロビル錠500mgを1回1錠1日2回5〜10日間経口投与する。重症例では、点滴静注用アシクロビルを5mg/kg/回で、経口、静注ともに投与期間を10日まで延長する。現在の抗ヘルペスウイルス薬は、潜伏感染しているHSVを排除することはできない。病変が出現したときには、既にHSVは神経節に潜伏感染しているので、抗ヘルペスウイルス薬で治療しても、再発を免れることはできない。
b)再発
アシクロビル錠200mgを1日5回、またはパラシクロビル錠を1日2回、5日間経口投与する。発症してから1日以内に服用しないと有意な効果は得られない。また、再発の前駆症である局所の違和感や神経痛用の疼痛があるあときに本剤を服用すると、病変の出現を予防できることがある。したがって、予め薬を渡しておいて、早目に服用させることも行われる。また、軽症例に対しては3%ビタラビン軟膏を1日数回、5〜10日間塗布する。但し、これらの抗ヘルペスウイルス薬含有の軟膏は病変局所しか働かず、ウイルス排泄を完全に抑制できず、局所保護程度の効果しかなく、病期を有意に短縮することはできないといわれている。
再発の抑制
性器ヘルペスは、しばしば再発を繰り返す。頻回に繰り返す患者では精神的苦痛を強く訴える場合があり、カウンセリングも必要となる。
世界的に、年6回以上再発を繰り返す患者に対して、患者の精神的苦痛を取り除くためや、他人への感染を予防するため、抗ヘルペス薬の継続投与による抑制療法が勧められているが、日本では、健康保険の適用になっていない。抗ヘルペスウイルス薬としては、アシクロビル(400mg、1日2回)またはパラシクロビル(500mg、1日1回)が用いられ、1年間継続投与後、中断させ、再投与するか検討することを勧めている。アシクロビルでは、数年間にわたり長期投与しても副作用は殆どでないとされている。実際には個人差が大きいので、再発を防ぐ最小投与量を決めるのがよい。
その他
@性行為のパートナー数が多いほど感染機会が多くなるが、HSVに対する抗体を保有していれば、発症する頻度は低い。また、アトピー性皮膚炎患者などのバリアー機能が低下している者や、外陰部に皮膚炎などの病変を持つも者は、感染しやすい。固定したカップル間での感染率は、1年間に約10%といわれている。男性が性器ヘルペスにかかって、女性にHSV抗体がない場合は、約30%に感染するといわれている。
A性器ヘルペスの患者は、パートナーをも含めて、抑制療法中であっても、コンドームの使用が進められている。しかし、再発は、肛門、殿部、大腿部などにも起こりうるので、コンドームの使用だけでは完全に防止できない。
B難治性の場合は、エイズなどの免疫抑制状態を考慮する。まれにアシクロビル耐性のHSVの報告があり、この場合は、作用機序の異なるフォスカルネットで治療すると良いという報告がある。
C初発における初感染と非初感染初発の鑑別は、急性期にHSVに対するIgG抗体が、前者では陰性で、後者では陽性であることによって行う。
D血清抗体により、感染しているHSVの型を決めることは、抗原としてHSVのエンベロープのglycoprotein
Gを用いることにより可能となったが、感度や検出効率に問題がある。ELISA法では、約3週間で95%の者が陽性化する。
調査部長 クフィル (H17.03.07)