〜日本ピンサロ研究会〜

論文「性感染症について 淋菌感染症 その2」

by クフィル氏


 前回に引き続き淋菌についての報告である。今回は淋菌が引き起こす症状、特に我々男性に関わる症状についての解説と治療についての説明とした。最近の傾向としては、従来の尿道炎、精巣上部炎に加え、咽頭感染が増加しており注意が必要である。

 淋菌感染症は、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による感染症である。淋菌は高温にも低温にも弱く、かつ炭酸ガス要求性であるため、通常の環境では生存することができず、性行為感染症として、人から人へ感染するのが、主な感染経路である。男性尿道、女性子宮頸部管に主に感染する。

 淋菌感染症は、何れの国においても、性器クラミジア感染症と並んで、頻度の高い性感染症である。1回の性行為による感染伝達率は30%と高い。症状の軽重は感染部位により大差があり、尿道炎および結膜炎では著名な症状が現れるが、子宮頸部の炎症のみでは、無症状の場合もある。近年、性行動の多様化を反映して、咽頭や直腸感染例も増加している。この場合、症状に乏しい場合が大部分を占めるが、重症化する場合もある。性器周辺に創傷がある場合、その部分に膿瘍を形成する場合もある。罹患部の菌量は、尿道、子宮頸部、直腸、咽頭の順に低くなり、分離培養、DNA検出法とともに淋菌検出の正診率が低くなる。治療抗菌薬の有効性も罹患部位により相違があり、特に性器、咽頭同時感染例では、性器の淋菌が消失しても、咽頭の淋菌は残存するという症例も少なくない。
 近年の淋菌の抗菌薬耐性化は顕著であり、多剤耐性化が進んでいる。かつて使用されたPenicillinase産生株(PPNG)は現在では数%以下であるが、β-lactam薬の標準酵素であるPenicillin合成タンパク質(PBP)の変異株が90%以上を占めており、使用することはできない薬剤である。Tetracyclineおよびfluoroquinolone耐性株も80%を超えている。有効な薬剤であった第三世代経口セフェム系薬についても、耐性株による臨床的無効例が1999年から報告され以来、増加傾向を示し、地域的な差異は見られるものの、その頻度は、30〜50%程度に達している。現在、第三世代経口セフェム系薬の常用量では、この耐性菌にはいずれも無効である。経口セフェム系薬の中で、淋菌に対して、最も強い抗菌力を有するセフィキシム(CFIX:セフスパン)の1回200mg、1日2回、3日投与は、ある程度の効果が認められるが、無効例も多数報告されている。したがって、保険適用を有し、確実に有効な薬剤は、セフォジジム(CDZM:ケニセフ、イノセフ)とスペクチノマイシン(SPCM:トロビシン)の2剤のみとなってしまった。セフトリアキソン(CTRX:ロセフィン)も強い抗菌力と良好な臨床効果が知られており欧米での標準的な薬剤となっている。

症状と診断

男性淋菌尿道炎
 感染後2〜7日の潜伏期ののち、尿道炎症状である排尿痛、尿道分泌物が出現する。分泌物は多量、黄白色、膿性で、淋菌性尿道炎に特徴的であり、直近の排尿から30分以上経過すれば外尿道口に視認可能で、一度拭い去っても陰茎腹側を尿道に沿って、根部から外尿道口方向に圧出して再確認することができる。尿沈査白血球は多数認められるが、中間尿が採取されたときは白血球を認めない場合があり、注意を要する。特徴的な分泌物の性状は受診前の服薬などの影響により変化している場合もあり、診断は必ず淋菌検出によるべきである。

淋菌性咽頭感染
 オーラルセックスの増加により、淋菌が咽頭から検出される症例が増加しており、男性、女性を問わず、性器淋菌感染者の約30%の咽頭から淋菌が検出される。淋菌が咽頭に感染していても炎症症状が自覚されない、また乏しい場合が多く、検査が実施されない場合が多い。咽頭の淋菌感染は、治療後の性器感染の再発原因となるので、感染機会がなく再発した場合には、咽頭感染を疑うべきである。
 淋菌の検出は、両側扁桃腺陰窩、咽頭後壁を擦過して採取した咽頭スワブを検体とする。核酸増幅法では、咽頭常在菌のひとつである非病原性ナイセリア(Neisseria subflava)の存在により、疑陰性を生ずるため、培養法を選択すべきである。やむを得ず核酸増幅法を選択した場合には、陽性結果すなわち淋菌陽性でないことを知っておく必要がある。繰り返し実施された咽頭の淋菌核酸増幅法陽性のために、数ヶ月間という長期にわたって、抗菌剤が投与されただけでなく、男女間の問題に多大な影響を与えた例を経験している。培養法の場合には、性器淋菌感染症の場合に用いるThayer Martin培地では、咽頭の常在菌の発育を十分に阻止することは困難であるため、New York City培地またはtrimethoprimを添加したModified Thayer Martin培地を用いることにより、検出率は大幅に上昇する。西山らは、teicoplaninとlincomycinを添加したThayer Martin培地を用いることにより、咽頭からの淋菌検出が容易となることを報告している。ただし、trimethoprimやlincomycinは淋菌に対してある程度抗菌力を有するので、これらの培地を性器検体の培養にあえて用いるべきではない。

淋菌性精巣上部炎
 淋菌性尿道炎が治癒されないと。尿道内の淋菌が管内性に上行し、精巣上体炎を起こす。はじめは片側性であるが、治癒させなければ両側性となり、治療後に無精子症を生じる場合がある。局所の炎症症状はつよく、陰能嚢内容は手挙大に腫大し、局所の疼痛は歩行困難を訴えるほどである。多くは発熱、白血球増多症などの全身性炎症症状を伴う。尿道分泌物から淋菌が検出され、かつ、精巣上体に顕著な急性炎症所見があれば、淋菌性精巣上体炎と診断しうる。尿道炎の場合と同じ様に、淋菌性精巣上部炎にクラミジア感染を合併している場合があるが、有効な薬剤が異なるので、淋菌とともにクラミジアの検出を行う必要がある。

治療

 ニューキノロンおよびテトラサイクリンの耐性率は、いずれも80%前後であり、感受性であることが確認されない限り使用すべきでない。第三世代経口セフェムの耐性率は、地域のよって異差が認められるが、30〜50%程度と考えられる。これらの耐性菌に対して第三世代経口セフェムは、常用量ではいずれも効果は認められない。抗菌力の最も強いセフィキシム(CFIX:セフスパン)1回200mg、1日2回の1〜3日間の投与により、ある程度の効果が認められるが、無効例も多数報告されている。したがって、保険適用を有し、確実に有効な薬剤はセフォジジム(CDZM:ケニセフ、ノイセフ)とスペクチノマイシン(SPCM:トロビシン)の二薬剤になってしまった。これら2剤以外で治療する際には、症状が改善しても、淋菌陰性化確認のための後検査が必須である。また、セフトリアキソン(CTRX:ロセフィン)は欧米では第一選択薬として推奨されており、国内での臨床試験でも100%の有効率が報告されている。経口セフェム耐性淋菌に対してもセフォジジムと同等もしくは2倍程度強い抗菌力を有しており、優れた治療効果が期待される薬剤である。その他の薬剤で、強い抗菌力を有するものとして、ピヘラシリン(PIPC:ペントシリン)やメロペネム(MEPM:メロペン)があるが、いずれも保険適用を有していない。

 また、淋菌感染症の20〜30%はクラミジア感染を合併しているため、クラミジア検査は必須であり、陽性の場合には、性器クラミジア感染症の治療も行う必要がある。

治癒判定

 現在、スペクチノマイシン、セフォジジム、セフトリアキソンは淋菌尿道炎および淋菌性子宮頸管炎に対して、100%に近い有効性を有すると考えられるので、投与後の検査の実施は必ずしも行わなくともよい。その他の薬剤を投与するときは、以下のことを意識しておく必要がある。
 排尿痛、分泌物などの淋菌性尿道炎の著名な自覚症状は、抗菌薬投与後に淋菌が消失していない場合であっても改善する場合がある。さらに、白血球数も減少する場合があり、治癒と誤解される場合がある。したがって、治癒判定は必ず淋菌が検出されないことをもってお行うべきであり、抗菌薬投与終了後、3日以上後に淋菌検出のための検査を行う必要がある。

予後

 有効な抗菌薬がなく淋菌性尿道炎が消毒薬による局所洗浄により治療された時代、精巣上体炎、前立腺炎の合併、後遺症としての尿道狭窄が多発した。しかし、現在では、このような合併症は減少している。
 淋菌検出の正診率は飛躍的に向上しているので、淋菌検出の非実施によるパートナーの放置、不適切な治療、不適切な治癒判定による感染の拡大ならびに合併症の発生等を極力防止しなければならない。淋菌感染症が菌血症などの全身に拡大し得る伝染性疾患であることも意識する必要がある。

※【クラミジア感染症】につづく

 中・四国支部長 クフィル (H16.09.23)

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